きっかけは、家の畑などがイノシシに荒されたことでした。せっかく育てた野菜が、毎日のように荒されて収穫できない年がありました。イノシシやシカ、アライグマ、アナグマなどで荒された畑を見ると、本当に気持ちがふさぎます。お米農家さんは、たいへんな被害を受けていたんだと……。予定していた収穫量がないと、経費はかけているのに収量は減るため、経済的にも困窮します。翌年の生産に影響してくるので、農家の人にとっては死活問題です。私たちの家の周りだけでなく、地域ぐるみで有害鳥獣対策を行なわないといけない。なんとかしなきゃ! ということで、平成30年に、わな猟の免許を取得しました。でも、猟師になったはいいのですが、いっこうにわなにかかる獲物はなく、1年間くらいは、わなを設置しては外しの繰り返しでした。
初めてわなで獲れた日のことはいまでも覚えています。それからは捕獲する楽しさのほうが日に日に大きくなっていきました。有害鳥獣駆除のために猟師になりましたが、いまや私の人生の一部となっています。
有害鳥獣の駆除は、誰かがやらなければならないこと。そして駆除された動物も一つの命。いただいた命は山からの恵みととらえて、おいしくいただく必要があると思います。捕獲した個体に病気がなく健康体であると判断できた場合、その一部をジビエという食資源として提供いたします。
初めは箱わなという、小型のオリのようなわなを設置していました。オリの中に餌をまき、イノシシを誘うのです。でも、たいした捕獲数には至りませんでした。初めて捕獲できたのは箱わなでしたが、それ以降は、なかなか獲れず、試行錯誤の日が続きました。餌をやっても獲れないことにもどかしさを覚えた私は、くくりわなという、別の狩猟法を試してみることにしました。くくりわなはイノシシやシカなど鳥獣が通りそうなところに仕掛けを設置し、その足などをくくる狩猟法です。いわゆるけもの道を見つけ、設置できそうな場所を決め、匂いや痕跡を残さず設置します。こちらのほうが、私の性分に合っていたのでしょう。くくりわなも最初は試行錯誤の連続でしたが、最初の一頭の捕獲に成功してからは、こちらの狩猟法での成果が多くなり、いまでは年間20頭前後のイノシシが獲れるようになりました。
イノシシは生きたままわなにかかるので、とても危険です。捕獲に近づいた瞬間、イノシシが自分の足をちぎって人間に襲いかかるという事故が毎年、多数発生しています。ですから、止めさし(獲物にとどめをさすこと)は、息子に頼んでいます。私はその後の精肉にする工程を担当しています。
4月から10月の間は自営駆除といって、自分の農地周辺にわなを設置することができます。農地を荒す有害鳥獣の駆除期間です。11月から翌3月までは猟期となり、本格的な狩猟シーズンです。イノシシは冬の厳しい寒さに耐えるため、11月ごろにたくさんの餌を食べます。ですから猟期中のイノシシは脂がのったおいしい肉になります。
私は現在、庄原市の有害鳥獣駆除員として登録されていますが、農業で生計を立てています。そうしたなかで自分の畑や友だちの畑の鳥獣被害をいちばん身近に感じていて、どうにかしないといけないと思っていました。猟銃を所持する以前、猟友会の人たちの高齢化や人手不足というニュースを聞いて知ってはいましたが、まさか自分が猟師になるとは思ってもいませんでしたね。
母の設置したわなに掛かったイノシシの止めさしを私が行なっていました。ですが、危険と隣り合わせで、止めさし作業を続けるのは負担が大きく、猟銃を所持する決断に至りました。
猟銃を所持する前は、電気止めさしといって、電気でイノシシをショック状態にして放血(血抜き)を行なって仕留めていました。暴れるイノシシに電極を打ち込むには、かなり近くまで接近する必要があり、たいへん危険です。また、電気ショックで心臓を止めているので血抜きが充分に行なえず、そのため精肉した際に臭みの原因となります。しかし、銃による止めさしは獲物との間に距離があり、
安全です。また、心臓が動いている状態で銃弾痕から放血ができるため、血抜きがしっかりできた臭みのない肉にすることができます。もちろん、ジビエ肉をおいしくするのはこれだけではありません。
わなにかかったイノシシは、ものすごくストレスがかかっています。イノシシも命がかかっているので必死に暴れますし、危険です。わなにかかったまま時間が経ちすぎると肉質にも影響してくるので、長くイノシシに恐怖を与えないためにも、迅速な対応が必要となります。とくにくくりわなの場合、ワイヤーにかかったほうの足は、食用に適さないほどダメージを受けます。
もちろん、そうした部位は精肉の際に除去するため、ご心配なく。
くくりわなのメリットは、わなにかかった獲物は生きている、ということですね。狩猟免許は取得していますが、山に入って一人でイノシシなどを仕留めるというのは、至難のワザです。というか、不可能です。まず、運よく獲物を見つけて撃っても当たらない。次に音の問題があります。人間が歩くと音がしますから、イノシシはその気配を感じ取れば逃げてしまいます。
確実に狩猟するためには、猟師グループで追い詰めていく方法をとらないと不可能ではないかと思いますね。
止めさしは、銃器を使うのがいちばんいい、と個人的には思っています。というのは、ナイフなどの刃物を使用する場合は、ムダな痛みを与えてしまうかもしれませんし、熟練者でないと一撃でこちらの望む状態することが難しいんですね。電流で感電させる方法は、さきほど言った通り、難しさがあります。でも、銃による止めさしであれば、血抜きがスムーズにできるんです。
止めさしをしたイノシシはなるべく早く専用の処理加工施設で解体します。解体の手順は、ダニの駆除、殺菌をし、洗浄してから剥皮(はくひ)します。そのあとに内臓を摘出します。このとき注意しなければならないのが、腸管破裂。腸管が破れて内容物が漏れ出すと、肉全体が汚染されてしまいます。そうならないよう慎重に解体を行ないます。
このとき、内臓をしっかり観察します。変色した部分がないか、傷ついていないか、ただれなどがないかなど注意深くチェックします。ですから、解体の際は複数人で行なうのがいいですね。異常を見つけやすいですから。何か異常があれば、その個体はすべて迷わず廃棄します。解体して枝肉にしたら、部位ごとにトリミングして精肉にしていきます。
大きなイノシシでも解体すると、精肉になるのは全体の重量の3割から4割弱程度。意外にお肉が少ないんですよ。
イノシシ、シカのほか、冬場は、カモ、キジ、ヤマドリといった鳥類も狩猟します。
ジビエはいろいろな料理で楽しめます。個人的に好きなのはヤマドリの鍋ですね。日本酒にとても合います。イノシシはやっぱり鍋ですかね。しゃぶしゃぶや焼肉にしてもおいしいですよ。旨味が強くて、味が濃いように感じます。
シカは美容にもいいですね。
シカ肉はステーキもおいしいですよ。赤ワインが合いますね。もちろん、いつでもおいしい肉というわけではありません。野生動物ですから、どうしても個体差というものがあります。ですが、そこを愉しむのもジビエかな、と。
徹底した安全管理と安心して召し上がっていただけるよう、細心の注意を払っています。ぜひ、広島県庄原市のジビエを楽しんでいただきたいですね。
(わたなべ けいこ わたなべ りょう 2024年6月インタビュー)